ナスIIの旅


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ナス散歩 日焼けヒリヒリ編~
はじまりは一冊の本
ゼロ戦の20㎜機銃について「昭和11年7月、浦賀船渠㈱エリコンFFのライセンス制条項譲渡予定する「富岡兵器製作所」の用地土木工事が、三浦半島(今の横浜市金沢区)で始まる。」という記述があって、あれ、「富岡」って京急の2つ隣のあの駅のこと?と調べてみるとどうもそうらしいナス
「近所だし行ってみるナスか、ついでにご近所の気になってたスポットもついでに散歩」、ということで今回の作戦スタート

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まず第1目標、ご近所の市民農園の木
なんか通勤途中に一本だけぽつんと高台に生えているのが気になっていた木ナス

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近づいてみると~
こんなの

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葉っぱの形は柑橘類系の木に似てるナスかね?

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ちなみにこの市民農園かなりの高台にあって八景島シーパラダイス、柴漁港、海の公園、野島まで一望の下に収めることができナス
ここに観測所を置けば金沢文庫あたりに置いた28サンチ榴弾砲で柴漁港の漁船をボカボカ撃てナスね

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続いて第2目標、富岡八幡
あれ?富岡八幡って鎌倉じゃなかったっけ?と思ったらそれは鶴岡八幡ナスたね
「マンハッタンが全国展開しますように」って絵馬を書いてきナスた
うそナス
自分と家族と世界の幸せを祈ってきナスた

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続いて第3目標、慶珊寺(けいさんじ)
ここには兵器工場があった富岡が空襲を受けた際の被害者の慰霊碑がありナス
手を合わせてきナスた

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ここでちょっと遅めのお昼
南インドカレーの「ガネーシャ」でインディカ米でカレーをいただきナスた
お味は上の部類といったところ(南インドのカレーはナンよりもご飯に合うそうナス)
デザートにコンビニでアイスを買い食い

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そして本日のメイン目標、大日本兵器の跡地ナス
能見台のとなりで、いまは「ビーコンヒル能見台」というすごくオサレなマンション街になってナス
能見台の駅自体が兵器工場の通勤用に作られた駅だそうナス
地形的には高低差がけっこうあって工場内の移動とか資材の運搬とかめんどくなかったのかなあ?と思いナスた
戦後は「日平産業株式会社」と名前を変えてしばらくは自衛隊や米軍向けに弾薬等を作ってたそうナスが
もう兵器工場の面影は完全にないナス

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わずかに残る名残がイトーヨーカドー西口のこの銘板と

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横浜横須賀道路を渡るこの橋の名前ナス
ちなみにゼロ戦の値段が当時のお金で10万~12万円に対して20㎜機銃が最初のころは一丁2万円!
あとで量産効果で単価が下がってそれでも一丁1万円だったとか
機体価格の4割~2割が20㎜機銃代だったんナスね…
(ナスの読んだ本では97艦攻が18万円、一式陸攻が25万円、魚雷が2万円以上で800㎏爆弾が600円だったと記述されてナス)

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帰りは電車とバスのつもりナスたがここまで来ちゃうと歩いても同じそうなので結局歩いて帰りナスた
0930出発の1530帰還で6時間
スマホの万歩計によれば18700歩で地図上の移動距離が約12㎞
終わりごろには腕が塩でざらざらしてナスた
そしてシャワーを浴びて鏡を見るとお顔が真っ赤、しばらくすると腕がヒリヒリ!

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以上ナス~
今日はがんばって食材集めナス
あと、富岡~能見台のスポットや地史はそのあたりをお散歩されてる方のブログの情報を参考にさせていただきナスた

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